定まらない姿勢で

しがないオタクのブログ

「ブラックペアン1988」のドラマ化について思うこと

以下、原作ファンの愚痴であるので、ニノ主演のドラマにただ喜んでいるだけの者は読まないように。原作小説のネタバレはありません。
 
ひと月ほど前、何の気なしにTwitterを眺めていると、海堂尊先生の「ブラックペアン1988」が嵐の二宮和也主演でドラマ化されるというツイートを見た。
何を隠そう私は海堂先生の作品内でクロスオーバー展開されてゆく、通称「桜宮サーガ」の世界が大好きで、四六判のハードカバーで新刊を購入した後、持ち運び用に文庫版も購入するというハマりようだったので、なんだかそのツイートをひどく微妙な気持ちで眺めていた。
バブル3部作と呼ばれる「ブラックペアン1988」「ブレイズメス1990」「スリジエセンター1991」の主人公は新米外科医の世良雅志で、3部作の1作目である「ブラックペアン」時点で24歳のはず*1である。今春ドラマ化される「ブラックペアン」の主役を張るという二宮くんは今年35歳だから、いくらなんでも24歳の外科医1年生役は無理がありすぎる。なので、世良のオーベン*2であり、物語を能動的に動かしていく高階先生*3を主人公にして、ニノが高階先生を演じるということか、と勝手に納得し、ツイート内にあるURLをクリックすることもないまま、おそらくドラマは見るだろうと予想はしつつも、その時は興味を失ってしまった。
 
現在TBSで放送中のドラマに「アンナチュラル」がある。私はこれを毎週とても楽しみにしていて、脚本の野木亜紀子さんのTwitterを日に一度はチェックするし、ドラマ公式やキャストのインスタグラムもマメにチェックしている。
その日も「アンナチュラル」の撮影現場が映るのではないかと期待して、「王様のブランチ」を見ていた。すると春ドラマ特集として白衣姿の二宮和也が画面に現れた。テロップには「渡海征司郎役・二宮和也」とあった。私は顔を思い切りしかめて、「は?」と声に出してしまった。
見間違いであってほしい。
そう思って(半ば祈って)テレビの画面をもう一度注意深く見たが、やはり「渡海征司郎」とある。渡海?二宮が渡海を演じる?高階ではなく?高階だってイメージと合わないと思っていたのに、渡海???
渡海という医者は、オペ室の悪魔と呼ばれ、手術の腕は高く、外科医なら誰でもそのいっそ芸術的なまでの手技に見とれてしまうほどであるが、素行が悪く人間性が破たんしている(これには理由があるが、物語の核になっているのでこれ以上は触れないでおく)、いわゆる天才である。ニノが天才外科医。その字面だけ見ると悪くない。しかし、渡海役はない。あり得ない。渡海は背が高いのだ。そして見るからに大学病院の枠内に収まれないような、そういうトゲのある雰囲気をまとっていてほしい。だって彼は定時で病院を出ると、すぐさま蓮っ葉通り(作中の歓楽街)に向かうような男なのだ。ニノでは定時で病院を出た後、自宅に帰ってゲームをしてしまう。到底、きれいなお姉さんのいるスナックだのパブだのには出向きそうもない。
ゲーム云々は冗談としても、とにかく、無理だと思った。ニノがどれほど演技派だとしても、演技力で背は伸ばせないし、顔も変えられない。二宮のあの顔で威圧感は出ないだろう。それに、原作に容姿の描写は少ないが、それでも渡海先生はもっとシュッとしたイケメンとして描かれている。
一方、私が最初、二宮が演じる役だと思った、渡海のライバル(渡海がライバル視しているかは不明、おそらくしていない)である高階は、背は高くなく、温和な印象(あくまで印象)を与える人なので、これもイメージではない(剣道の有段者には見えないし、20年後病院長になれそうもない)が、まあニノでもありなんじゃないかと思っていた。しかし高階は小泉孝太郎だという。
小泉孝太郎は20年後、ダンディなロマンスグレーの病院長として田口先生を振り回しまくりそうである。院内政治もうまそうだ。剣道も……医鷲旗は持てそうもないが、下手には見えないだろう。
世良役は竹内涼真。世良は負けん気が強く、小生意気なスポーツマンなので、竹内くんのイメージはまあ、わかる。*4
世良といい雰囲気になる花房看護師は葵わかな。花房看護師は「ジェネラル・ルージュの凱旋」での白石美帆のイメージが強いが、20年前の花房さんなので、まあなんか、葵わかなが20年後白石美帆になる可能性はあるような気がする。
というか、二宮和也as渡海の衝撃が強すぎて、あとはすべて誤差の範囲内と思えてしまう。「まあ、理想の○○先生なんてこの世にいないし、しょうがないよね」と言えてしまう。世良も高階も桜宮サーガ内の様々な作品に登場し、人気も高いので、制作側はこれを狙っていたのだろうか?だとすれば二宮和也as渡海の采配は大正解だったのかもしれない。原作ファンのヘイトをすべて二宮に押し付ける。大成功だ。始まる前から二宮as渡海の違和感に気を取られて、他の違和感が霞む。
 
とはいえ、やはり原作ファンとして許せないことがある。
渡海征司郎を主人公にしたという点だ。
これはどうしても許せない。原作では、渡海に焦点があたるのは、上巻の中盤、ドラマでいえば2話か3話にあたるあたりで、それも世良の目をとおして語られていく。物語のなかで焦点化されていくのは、あくまで世良雅志なのだ。
そして渡海は、海堂作品では珍しく、この「ブラックペアン1988」のみに登場するキャラクターで、世良が主人公でなければバブル3部作の構成が成り立たなくなってしまう。
他局ではあるが、「チーム・バチスタの栄光」に始まる「田口・白鳥シリーズ」のドラマ化だって、田口先生の年齢を原作よりもだいぶ若くし、ドラマオリジナルの設定を加えていったことによって、シリーズが進むごとにどんどん物語に無理がでてきたではないか。TBSはフジテレビの失敗を失敗と思わなかったのだろうか?
竹内涼真主演で、豪華俳優陣が新進気鋭の若手の脇を固めるというのではダメだったのだろうか。テレビ局の社内政治や、芸能事務所との力関係はどこまで信憑性があるかわからない噂程度にしか知らないので、きっと何か、想像もつかないような複雑な人間関係が背景あるだろうことはわかっているが、それは原作や原作ファンの期待を裏切る理由になっていいのだろうか。
そもそもTBSにバブル3部作をすべてドラマ化しようという気はさらさらないのかもしれない。というか、渡海を主人公に据えた時点でないのだろう。でも、なんかなぁ。
こういうところがジャニーズのドラマはだめと言われる所以なのではないだろうか。ジャニーズにだっていい役者はいっぱいいるのに。原作ファンとしても、ジャニヲタとしても、「ブラックペアン1988」のドラマ化は許容しきれないものがある。
こうして散々文句は垂らしながらも、ドラマはおそらく見るが、「舞台が東海地方じゃない」とか「時代設定が1988年日本じゃない」とか、「やっぱ渡海が許せねぇ」とか言って2話か3話でリタイアするような気がしてならない。予想に反して、ドラマ「ブラックペアン」がオリジナルドラマとして面白いことを願うばかりだ。
 
 
これをきっかけに、「ブラックペアン1988」から始まって、「桜宮サーガ」作品を時系列順に読み返している。今は「極北クレイマー」の途中なので、やっと折り返しといったところか。1988年に医大生だった田口が、20年の月日を経て(面倒ごとを押し付けられまくった結果とはいえ)それなりに出世しているのはなんだか感慨深い。「ブラックペアン」の作中時間当時、あれほど希望にあふれていた世良の変わりっぷりもまた、感慨深いものがある。一人の医者の人生が、さも本当に生きているようにそこにある。これが「桜宮サーガ」の醍醐味ともいえよう。
そして改めて「桜宮サーガ」を通しで読んでみると、これは「外科の天才と、天才になれなかった人たちの物語」なのではないかと思う。天才外科医が凡百の医師たちの運命を狂わせる物語とも言えるか。もちろん、「桜宮サーガ」に登場する医師は外科医だけではないのだが、それでも天才でない側の医師たちは、みんなそれぞれに天才外科医にコンプレックスを抱いている。そのコンプレックスゆえに、天才がより魅力的に、より蠱惑的に見え、抗えなくなってしまうのだ。そのため、主人公たちはみな、さまざまな事件に巻き込まれてゆく。外科の神様はすべての医者に平等にほほ笑むわけではないのだ。
それについてはまた今度、改めて文章にしたためたいと思う。
 
以上、大学時代の癖でなにがしかの感想はどうしてもですます調で書けない私がお送りしました。
 

*1:小説内で世良の年齢は明かされていないが、浪人・留年したという描写はなく、医師国家試験も一発で合格しているので、1988年当時24歳だったと思われる。

*2:指導医のこと

*3:この高階は「ブラックペアン1988」の約20年後を描く「チーム・バチスタの栄光」では病院長として「バチスタ」の主人公・田口公平に無茶ぶりをしまくる、あの高階先生である

*4:これも20年後に病院再建請負人として周囲に敵を作りまくっている姿は想像できないが、世良はバブル3部作をとおして成長して、挫折して、自分が天才外科医になれないことを悟っていくので、このあたりは竹内くんの演技に期待したい。